葛の話シリーズ第七話

 

葛と健康(七)

 

タイのクズ属植物「グワーオ・クルア」

 

 

天極堂の通信販売カタログの平成十年十一月号に、タイ、ミャンマー、ラオスに分布するとみられるグワーオ・クルア(学名プエラリア・ミリフィカ)を主題とする拙文を掲載させていただいた。その後、この植物に関するさまざまな情報と接する機会を得たので、ここで改めて紹介したい。

 

平成十年三月十五日、ある民間企業の主催で「グワーオ・クルア~現代人を救う奇跡の植物」と題する日・タイ学術シンポジウムが開催され、タイからは約十名の出席があった。会場にはグワーオ・クルアの実物が展示され、その根の特異な形態が参加者を驚かせた。筆者は前座を務め、「クズ属植物の分類と地理的分布」の講演を受け持った。アジアに分布する十七種のクズ属植物の分布域・生育場所・形態・生態的特徴・利用状況等について話した。クズといえば木に巻き上がったり、地面をはったりする習性をもつものと考えがちであるが、この属にも直立して灌木状となり、生け垣に使われる種があったりする。中国南部に産する粉葛(プエラリア・トムソニ)は栽培種である。わが国では、野性のクズ(プエラリア・ロバータ)の根から採った澱粉が和菓子の原料として広く使われていることも紹介した。出席者からは今話題のグワーオ・クルアの植物学上の位置付けがよく理解できたとお褒めの言葉をいただいた。

 

真打ちはタイ、スラーナリー工科大学教授で、タイ国立科学技術開発局委員でもあるユッタナー・サミタスィリ先生で、「タイ古来の植物グワーオ・クルアとは」と題する講演をされた。

 

「グワーオ・クルア」とはタイ北部に居住する少数民族モン族の言葉で「登攀者」を意味するそうだ。本種はわが国のクズと同様にに樹木に巻き上がるからこの名が与えられている。越年茎(旧茎)はクズに似ている。葉のサイズはクズ同等、ないしやや小型である。頂葉、側葉とも裂片がない(切れ込みがない)点はクズと異なる。花房はクズより長く、基部で分枝する。花はクズのように二色ではなく、紫一色である。根の形態はクズとはまったく異なる。グワーオ・クルアの根系は一般にメロンを縦に連ねたような形状をしており、インドに広く分布するプエラリア・チュベローサと似ている。メロン状の塊根は大きくなるとカボチャ形に近づく。一個で百キログラムのものもあると言う。モン族の人たちは、塊根の粉末を蜂蜜で指先大の丸薬様に固めて食している。本種に含有されるイソフラボン類が「豊胸効果」をもつというので、わが国で大いに話題をさらっている。日本から百社以上の企業がグワーオ・クルアを求めてタイへ出かけていると聞く。ところで、現地では数種類の植物に同じグワーオ・クルアの名が冠せられている。プエラリア・ミリフィカは白グワーオ・クルアと呼ばれ、女性向きである。赤グワーオ・クルアはクズ属植物ではない。この塊根はサツマイモ様で、切ると横断面の周辺部に赤色の汁液が滲み出てくる。黒グワーオ・クルアと呼ばれるものもある。後の二者は男性向けの若返りの秘薬として用いられているそうだ。また、プエラリア・キャンドレイもグワーオ・クルアと呼ばれる。この種も球形の塊根を生産するからこの名が与えられたのだろう。

 

白グワーオ・クルアはすでに数社から粉末あるいは錠剤として発売されているが、さっそく真贋が問題となっている。クズ属の学名はプエラリアであり、本属の植物種は特異的に多量のイソフラボンの一種プエラリンを含有する。ダイズはイソフラボン類のうちダイジンとゲニスチンが多く、プエラリンは検出されない。一方、グワーオ・クルアはプエラリン含量が圧倒的に高い。ダイジンはダイズの約三分の一である。これらの事実を真贋の判定基準にできると考えている。

 

このたび学術シンポジウムが開催されたのは、グワーオ・クルアが「豊胸植物」、「回春剤」、「バイアグラ」などと興味本位にマスコミで報道されることにより、タイの少数民族の伝統的文化が冒涜されることを避けるためである。また、希少植物である本種を乱獲による絶滅から護るためでもある。平成十一年三月二十四日の朝日新聞が報ずるところでは、タイ政府はグワーオ・クルアを保護植物に指定し、野性個体を違法に輸出した場合には罰金・懲役刑を課すことにしたという。

 

わが国では高齢化が進み、骨粗鬆症で悩む人が増えてきた。イソフラボン類は植物エストロゲンの一種であり、女性ホルモン様作用を示すので、適量を摂取すればこれら成人病の予防・治療に有効であると思われる。グワーオ・クルアに関心をもつ研究者で組織する臨床免疫研究会でもこの問題を取り上げ、研究が進められている。筆者はグワーオ・クルアもクズと同様に澱粉と汁液(薬効成分)とに分離すれば加工が容易になり、食材・保健・医薬品原料として付加価値が高まるものと考えている。

 

グワーオ・クルアは、その存在がやっと知られるようになったばかりの未利用資源である。直ちに、薬効成分の薬理学的研究を精力的に押し進めるべきであろう。ダイズのイソフラボン類が大豆イソフラボンという固有名詞で呼ばれるようになり、日本人の食生活の中に定着しつつあるように、クズやグワーオ・クルアのようなクズ属植物のイソフラボン類が葛イソフラボンとして認知され、効果的な利用の途が開発されて正当な評価を受けることを願っている。

 

神戸大学名誉教授 津川兵衛