古代織物ー葛布
葛の話シリーズ第十一話
葛と健康(十一)
古代織物ー葛布
衣服を作るために利用してきた植物繊維には樹皮繊維と草皮繊維がある。前者にはカジノキ、コウゾ(クワ科)、クズ、ヤマフジ(マメ科)、シナノキ(シナノキ科)などの繊維が含まれ、後者にはカラムシ(イラクサ科)、アサ(クワ科)などが挙げられる。樹皮繊維は堅靭であるため、灰汁、糠などを使い、水で晒して、軟らかくして採線しなければならないので、柔軟で績みやすい草皮繊維へと次第の移っていったと言われる。
古墳時代前期に造築されたと推定される福岡県菖蒲ヶ浦一号墳から、目の粗い葛布(織り密度(八-九)×(六-七)が付着した方格規矩鏡が出土しているので、この頃にはすでに葛布を使っていたと思われる。中国では、江蘇省呉県草鞋山遺址の下層文化層(馬家浜期、前四三二五年)から密度十×(十三~十四)の葛布が出ているので、わが国でも葛布の利用は縄文時代にさえ;遡ることが出来るかも知れない。
万葉集にはクズ繊維を布に織り、衣服にしていたことを示す数首の歌が収められている。
女郎花生ふる沢辺の真葛原 何時かも絡りてわが衣に着む (巻二、読み人知らず)
霍公鳥鳴く声聞くや卯の花の 咲き散る岳に葛引く少女 (巻二、読み人知らず)
上の二首から推察して、原料となるクズの若い茎は容易に手に入ったので、葛織物が普及していたことは間違いない。なお、手織葛布製造が現存する静岡県掛川市では、クズの茎の一番刈りの時期は六月下旬、二番刈りは八月下ー九月上旬である。葛布製造の盛んな頃は三番刈り(十月上旬)まであった。
神戸大学名誉教授 津川兵衛