葛を愛する人の物語(津川先生)

 

 

1,クズとの出会い

 

兵庫県立兵庫農科大学農学課の「工芸作物学講座」を卒業後、同大学農芸科学科「土壌学講座」の助手に採用され、山地土壌の粒径分析の研究に2年間従事した。その後、農学科「作物学講座」に移り、イネ育苗の研究の手伝いをして2年ほど経過した頃、全国的に吹き荒れた大学紛争の嵐は神戸大学へも飛火してきた。農学部の学舎は左翼学生によって封鎖され、学部の教育・研究は完全に停止してしまった。その頃ノンポリで植物好きの学生数名とともに大学の北に広がる六甲山系へ、エビネランや他の希少植物の採集によく出掛けた。当時の私は自分自身の研究テーマを持たず、教授のイネ育苗研究の手伝いに明け暮れていたが、独立できた時のテーマを探さなければならないと考えていた。

 

六甲山系ではクズは低い雑木やネザサの上に這い上り、登山道まで這い出して附近一帯を埋めつくしていた。このような光景を幾度となく目にするうちに、強盛なクズこそ私の運命を決定づけてくれるに違いないと信ずるようになった。また「クズ」の漢字を音読すれば、私の愛読書「三国志」の重要な登場人物「諸葛孔明」の姓(名字)の文字であるのもクズを研究対象に決めた理由である。

 

 

2,研究内容、研究中の苦労談

 

クズ群落ではクズの太い茎、細い茎、あるいは中程度の太さの茎が縦横無尽に走っている。これらの茎をどのように分類すればよいのだろうかと思い悩んだ。

 

作物学会、草地学会などクズと関連がありそうな学会誌、研究会報を調べてみてもクズに関する研究は皆無であった。クズの木化した越年茎の横断面を見ると、一見したところ樹木の年輪様の環状組織が存在することが認められた。太い茎は環が多く、細い茎は環が少ないことがわかった。そこで、これは木材の横断面に見られる年輪と同様に年令形質ではないだろうかと考えた。しかし、1年に1環ずつ増えるのかどうかは不明であった。

 

以上に述べたように、維管束環の数は茎を類別するのに最も使いやすい形質であると思われたので、以後の研究ではこの形質を使い1環茎とか、2環茎、3環茎のように越年茎を分けることにした。

 

葛の群落構造を明らかにしようとする場合、親株の根群及び、発根節の根群規模を区分することは重要である。株のように複数の根から構成されている根群では、この株の根のうち基部維管束環数が最大の根の基部環数をもって、その根群規模を示すことにした。たとえば、6本の根によって構成されている株があるとすると、基部維管束環数が最大の根のその環数が5環であれば5環の株と分類することにした。これらのことによって群落を構成する個体を規定し、さらに群落を分類することにも適用した。

 

以上の件で得られた研究成果によって、断片的であるが、クズとはどのような植物であるのか、さらにクズはどのような群落構造をもつものであるかということをも明らかにできるようになった。

 

クズを1900年代末にフィリピンのピナツボ火山爆発被災地(火山灰堆積地)に植栽したところ、雨期には雨で火山灰が流出するのを防止し、乾季には火山灰が風で吹き飛ばされるのを防ぐのに適した植物であることが明らかになった。また、クズは家畜の嗜好性の高い植物であることを現地の人々に認識させることができた。

 

 

3,研究から得られたもの

 

クズを実際に緑化とか防災、家畜の飼育(含放牧)に利用しようとする人が出てきた時には、私の研究成果を正当に評価していただけるものと信じている。

 

(1) クズに関する研究で日本草地学会賞受賞

(2) クズに関する研究で兵庫県科学賞受賞

(3) クズに関する研究で(財)地球環境財団研究奨励賞受賞

(4) クズを使った緑化事業(フィリピン)、並びに神戸大学農学部でバイオテクノロジー研修コース(外国人研修コース)のコースリーダーを8年間務めた。JICA理事長表彰受賞

 

 

4,あなたにとってクズとは何か

 

私にとってクズは太陽のようなもの。私が歩むべき道を照らし、導いてくれた。

 

私がクズを研究対象としてきて良かったと思う理由は他にもある。第一はオーストラリアのブリスベンにあるCSIRO(オーストラリア連邦科学産業開発機構)カニンガム研究所へ留学できたことである。この研究所でクズと同様にマメ科の匍匐性牧草であるデスモディウム イントータムとセントロシーマ ピュベッセンスの乾物生産特性を明らかにした。帰国後クズを用いて同様な研究を行い、クズの栽培研究の端緒を開いた。なおデスモディウム、セントロシーマの研究成果は帰国後とりまとめ、前出のオーストラリアの協同研究者と連名で日本草地学会誌に投稿し、掲載されている。

 

私がオーストラリアから帰国した翌年、いよいよ、トーマスサセック氏がアメリカからやってきた。氏は米デューク大でクズの研究により博士号を得ていた。そして、フルブライト研究員の資格で私のところへやってきた。米国では気温の上昇に伴い米国におけるクズの分布域はどのように拡大するのかということを研究していた。2年半の日本滞在中に私と共に10編以上のクズに関する論文を書き、日本におけるクズの分布北限を詳細に調査した。帰国し、ルイジアナ大学で教員の職を得ている。

 

「葛の本」p18「葛を愛する人々の物語(津川兵衛)」に掲載