吉野本葛の原料となる葛の根の原料原産地について

■自給自足の時代(原料原産地=加工地=消費地)

 葛は「古事記」にも記載があるように、古からこの地に生きている植物です。花はその美しさを愛でられ、つるは布(葛布)になり、根は食用(葛粉)や薬(葛根湯)として利用されるなど、我々の生活と切り離すことのできない植物です。
 あくまで推測ですが、葛粉は1300年以上昔から山で暮らす人々によって作られていたのではないでしょうか。山の中では食べられるものも限られていた状況でイノシシなどの動物が葛根を掘って食べていれば、それを人が食べるようになったとしても不思議ではありません。食べるうちに水晒し技術が生まれ、でんぷんだけを取り出すようになったと推測されます。
修験道の開祖である役行者は修行中に、葛根を水で晒してでんぷんを採る製葛技術を習得し、立ち寄り先で製葛法を伝授していたとも考えられます。役行者が薬草の知識に長けており、それらを利用して人々を救済してきたと伝えられていることからも、葛は食であり薬として用いられていたのではないでしょうか。
江戸時代になると、葛粉の生産が全国的に行われていたことを示す文献が登場します。葛粉の代名詞になるほど有名な吉野葛は元和(1615~1624年)の頃、奈良県宇陀郡大宇陀町製葛業黒川、森野両家の祖先によってはじめられました。この地方では葛粉は吉野山の観桜客や大峰登山者の土産物として販売されていたため、吉野葛の名が広まったといわれます。製葛録や古今要覧稿でも「吉野葛が良い」という記載が見られ、全国の土産物を紹介した大日本物産図会にも吉野葛が紹介されています。

■産地(加工地)が激減した時代(葛粉=さつまいも粉!?)

近代社会になり掘子の数はピーク時の半分以下になりました。一次産業、なかでも山での仕事につく人が減少していること、専業農家が減少したことで農閑期の副業として葛根を掘る人が減ったこと、バブル期からは建設に関わる仕事が都会に集中し、力自慢の男たちが田舎を離れてしまったことも労力不足の原因として挙げられます。
明治時代に30戸ほどあった奈良県内の葛粉製造工場が減っていく中、戦後になって九州ではさつま芋のでんぷんを葛粉として販売する業者が現れました。山野に自生する葛の根を掘り集めてもわずか1割しかでんぷんの取れない葛に対し、さつま芋は栽培ができ、でんぷん含量も高いため、安価で大量に作ることができたからです。吉野葛の魅力は純度が高く品質が良いことであると考えていた奈良県の業者も価格競争に負け、さつま芋を混ぜた葛粉が広く出回るようになりました。
余談ですが、同じ現象は他のでんぷんにも起こりました。その結果、片栗粉はカタクリからジャガイモのでんぷんに、わらび粉はワラビからキャッサバやサツマイモのでんぷんが使われるようになったことは今では誰もがご存じのとおりです。片栗粉やわらび粉が名前だけ残って中身が変わってしまったように、葛粉も名前だけ残って中身はさつま芋になってしまう…。そんなことが起こらないよう、私たちは本来の葛の品質を守るために様々な取り組みを始めました。

■「吉野本葛=奈良県で精製された葛澱粉100%」を守るため、各地から原料を集める時代(原料原産地≠加工地≠消費地)

今残っている産地(加工地)は奈良4件と九州3件のみ。国産の葛の根が減る中、天極堂は吉野本葛を絶やさないために外国産の粗製葛(葛澱粉だが未精製のもの)を積極的に入荷するようになりました。
葛は熱帯から温帯に広く分布し、アジアではよくみられる植物のため、各地で葛を利用する文化があります。中国はそもそも漢方薬として葛を利用することが多く、葛についての論文も多数出ています。韓国は「葛水」といって、滋養を目的として葛の絞り液を飲む習慣がありました。ベトナムでは風邪をひいたときに葛粉を水で溶いて飲むという、日本の葛湯に似た用い方をしています。また、タイ、フィリピンなどでも葛を利用しているという話を聞いています。
葛にも様々な種類があって、その中から国産に近い透明感や粘りを持つものを選び、入荷しています。
また、「吉野葛」は他の澱粉が混ざっているものが広く出回ってしまったため、葛澱粉100%のものと区別するために「吉野本葛」という名前を付けたのもこの頃です。

■天極堂の吉野本葛に対する思いと、未来の吉野本葛

1,葛澱粉100%

2,家の台所に、調味料の一つとして葛粉がある(日常に葛のある生活)

3,奈良で、吉野晒の製法を守る

原料原産地が日本だけでないことを伝えると、「吉野本葛だから奈良県産の葛の根を使って奈良県で加工していると思った」と言われるお客様もおられます。ごもっともだと思います。私たちも奈良県産の葛根だけを使えたらどんなに素晴らしいだろうと思います。しかし、国産、奈良県産と産地を絞れば絞るほど安定供給は難しく、価格も10倍以上高くなります。葛粉を知らない、食べたことのない日本人が増えている状況なのに、本物にこだわりすぎてより高級になってしまうと、日常の食から葛粉が消えてしまうのではないかと強く危惧しています。
私たちは吉野本葛という食文化を次の世代にもつないでいきたいと思っています。食文化の継承は文化の継承、民族の継承につながります。そのために今私たちにできることは葛澱粉100%を守るということ、そして、吉野晒の製法を守るということだという思いから原料については国内外から集めることで品質を安定させ、最終精製は必ず奈良で、吉野晒の製法で行うことで、安心安全で良質の吉野本葛をお届けし続けます。
このようにして吉野本葛の品質と価格を安定させつつ、次世代に繋げるために葛ソムリエという資格制度を作り、出前授業で子供たちに葛に見て触れて味わってもらう活動をするほか、国産の葛根を増やすために畑での栽培方法について研究するなど、未来への継承に向けて積極的に取り組んでいます。

【追記】

■吉野本葛の種類と選び方

・吉野本葛古稀=国産の葛の根で冬季限定製造した最高級品

最上級の純国産をお求めの方は「吉野本葛古稀」をご用意しております。

・吉野本葛=葛の根を奈良県で吉野晒の製法にて精製したもの

葛澱粉100%であれば原料原産地にはこだわらない。天極堂が責任を持って吉野晒の製法で精製していればいいと思われる方は「吉野本葛」をご利用ください。

・吉野葛=葛澱粉に他の澱粉が混ざっているもの

「吉野葛」は土産物屋や量販店で販売されることがあります。一括表示の原材料名を見れば「葛澱粉、澱粉」あるいは「葛澱粉、甘藷澱粉」などの記載があります。吉野本葛より安価であるため、気軽に使いやすい商品です。

・並葛=葛澱粉0%

「並葛」には葛澱粉は全く入っておりません。葛の効果効能は全くありません。葛であることにこだわりがなければ、米粉などと共に小麦フリーの料理を作る時にとても便利です。

■地域団体商標について

天極堂を含む奈良県内の製葛業者4社では「吉野本葛」並びに「吉野葛」の地域団体商標を取得しております。これは、県外の業者が「吉野」と名付けたり、本葛が数パーセントしか入っていない商品が出回る中、吉野本葛の品質を正しくお客様に認識してもらう手段が必要と考え、2007年に登録したものです。
尚、指定商品または指定役務に「奈良県吉野地方産のくず粉」とあるのは、商品の特徴に「奈良県で製造または加工(少なくとも精製加工を行うものに限る)された葛粉のことです。」と記載している通り、原料原産地ではなく「最終加工地」を表しております。