2023年6月17日 稲村ヶ岳に登りました
修験道の町、天川村

天川村は奈良県南部に位置し、ちょうど紀伊半島のど真ん中。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の主要構成要素である大峯山(山上ヶ岳)があり、八経ヶ岳、弥山、稲村ヶ岳、大普賢岳、行者還岳、七曜岳、大天井ヶ岳、観音峯と山に囲まれた村です。人口は1000人ほどですが、全国から多くの修験者が訪れ、宿泊場所や修行の場、山を整備し、修験道と共に生きている村です。
今回参加させていただいた天川村ネイチャーガイド養成講座は天川村の豊かな自然・歴史を学ぶことでガイドとして活躍してくれる人材を育成するためのものです。

今回は大塚住職に稲村ヶ岳での修験道を体験をさせていただきました。
早朝7時、龍泉寺に集合し、まずは水行。お経を唱えながら滝に打たれて体にたまってしまった悪いものを洗い流します。近頃は滝行をメインに体験をする方もいらっしゃるようですが、滝行はあくまでもお清めで、神社の手水舎で手を洗うようなものです。体を清めてからが本番だということです。
その後きれいになった体の中に良い気を入れるため、八大龍王様のお堂でお経を唱えます。
身体を清めたらいざ山へ。

登山道の横にあるのは母公堂です。1300年前に役行者が修行をする時に息子を心配したお母さんが修行の場について来ようとしたそうです。そこで母の身を案じた役行者が女人結界をはったのだそうです。そしてそこにお堂を立て、母は息子の安全を祈った。それが母公堂です。
だからここには女人結界があり、最近まではここまでしか女性は入ることができませんでした。私たち女性にしてみたら「女人結界というのは男女差別だ」とか、「私たちも入ってみたい」とか思ってしまいます。でも、昔は山には山賊がいたし、道も整備されておらず、命にかかわるとても危険な場所でした。だからこそ女人結界をきめることで女性の身の安全を守ったのだそうです。しかし最近になって道が整備されてきたことや修行をしたい女性がいることを受け、女性が入れるようになり、稲村ヶ岳は女人大峯と呼ばれるようになりました。
ここでは山で修行することの安全祈願と同時にここで修行させていただけることの感謝や周りの人々の幸せを願います。

登山道は複数ありますが、母子堂のすぐわきの登山道から登るのが迷わず進めます。
杉木立を登っていくのですが、この季節は足元にフタリシズカが咲いています。「フタリ」シズカですが、よく見ると1本だけのものや4~5本咲いているものもあります。
基本的に修行は無言で、先達の足元を見ながら同じ場所を歩くようにします。それらは安全の為です。奈良の修験道の山は危険な場所が多いため、お話をしていたり、カメラで写真を撮ったりとキョロキョロしてしまうと足を踏み外して崖の下に落ちてしまう危険があります。私も写真を撮っていますが、写真をる時は必ず止まって。歩きながらの撮影はやめましょう。また、前の人の足を見ることで視線が自然と道に向き体のふらつきをなくします。前の人が安全に進めていれば同じところを歩けばよいし、滑ればそこは危険な箇所だとわかります。
しばらく行くとはじめの分岐点。分岐点では必ず後ろを振り返って確認をしてください。行きに見ている風景と帰りに見える風景は全く別の景色になってしまいます。だから分岐点で後ろを見て自分がどこからきてどっちに帰るのかを確認しておくことが迷わないための対策です。

今の季節に見れる花の二つ目はコアジサイです。白くて小さな花が無数に咲いていて、あたり一面に甘い香りがします。白が多いですが、青味がかった花も咲いています。
山にはたくさんの魅力がありますが、季節のお花もその一つ。別の季節に来ればまた別の植物を見ることができるので、いつ来ても新たな発見を得られます。また、虫の声や鳥の声、たくさんのものを見て、音を聞いて、においをかいで。五感が研ぎ澄まされていくのがわかります。
龍泉寺ではキセキレイがお堂の上にとまって鳴いていましたが、山の中ではツツドリやオオルリの声を聴いたり、キツツキのコンコンコンコンコンという音も響きますし、せみしぐれも。無言で歩くからこそ感じるものがたくさんあります。

歩いて行くと所々でゴロゴロとした石が多い場所があります。そこは水が流れて土が削れている場所。つまり、雨が降れば土砂崩れになる危険度の高い場所ということです。特にその石が苔むしている場所は地下を水が流れているから湿度が高く保たれていることを意味していますので、このような場所で長めの休憩をとることは危険です。
コケに陽が差してキラキラしている様子は本当に美しいです。豊かな森であると感じますし、目にも優しいですし、思わず写真を撮ってしまいます。でも、写真を撮って一口水を飲んだら次の場所へ。長居をしてはいけないということを覚えておきましょう。
稲村ヶ岳はこのように苔むしたところがあるのも山の特徴の一つです。歩くごとに変わる山の景色も楽しみの一つです。

法力峠の近くで見られたのがギンリョウソウ(別名ユウレイタケ)。腐生植物で日本全土の山地のやや湿り気のあるところに生えているそうで、この場所以外でもちらほらみることができました。全体が白色で葉緑体をもたないのが特徴ということですが、不思議な植物がたくさんありますね。
法力峠はやや広くなっているので長めの休憩をとります。この休憩の管理も先達(ガイド)の役目です。水は適宜取りますが休憩ばかりでは前に進みませんし逆に疲れてしまいます。同行者の体力を見ながら予定通りに進むかどうかも考えなければなりません。ネットでも登山情報が出てきますが、体力は人によっても日によっても違いますし、登山の目安時間には休憩や何かあった時の時間は含まれませんので、余裕をもっておくことが大切です。また、雨よりも晴れの時の方が汗をかいて体力も奪われるため時間がかかってしまうことも考慮しましょう。

途中鎖場や歩きにくい岩場、崩れそうな橋があるので足元に注意しながら進みます。危険な場所では必ず鎖を持ったり、岩に手を先についてから足を運ぶようにしましょう。安全を確かめながらゆっくりと進むこと、危険な場所はみんなで声をかけ合うのも安全に進むポイントです。
途中、橋の左手に湧水を汲める場所もあります。このような水場を覚えておくことも万が一の時には役に立ちます。
この写真は稲村ヶ岳名物のゾウの木です。
こういうのを見つけるのも山登りの楽しみの一つですが、こういった目印を見つけておくのは大切なことです。木でも岩でも風景でもいいのですが、特徴のある目印を見つけておくと迷ったときのチェックポイントになるし、ここまで来たらあとどれくらいと行程の目安にすることもできるからです。ここまで来たらあと少しで山小屋です。

稲村ヶ岳にはトイレが整備されているので安心して登ることができます。トイレはためた水を流して使うので、入り口にあるバケツを持って個室に入って、終わったらまた下にあるため水をバケツに組んで入り口に置いておくようにします。
また、山小屋があって食べ物や飲み物を買ったり、宿泊したりすることができます。かわいい赤い屋根が特徴です、広くなっているのでどこででも休憩できますし、ベンチもあります。また雨の日には山小屋の隅に屋根付きの休憩所もあるので雨宿りをすることもできます。

ここは稲村ヶ岳と大日山に行く方と、山上が岳とレンゲ辻に行く方に分かれています。山上が岳は女人禁制になっていますし、ネットなどを見てレンゲ辻に行く方が多いようですが、レンゲ辻はガレ場が多く滑落の危険がありますのでお勧めできません。必ず母公堂の方へ帰るようにしてください。

進んでいくと山の切れ間からにょきっと先のとがった山が見えます。ハウルの動く城に似ています。これが大日山です。大日山はどこから見てもこの形に見えるので、目印にしやすい山です。

ここまでは比較的なだらかな山ですが、大日山の山頂に行くには時間はかかりませんが、急なはしごや朽ちた橋、朽ちた階段、鎖場などをいくつも通らなければなりません。慎重に一歩ずつ登ってください。ストックがあるとかえって邪魔になるかもしれません。梯子は両手でもって一歩一歩ゆっくりと登りましょう。

大日山の山頂はとても狭いです。登山目的の方は来ることもないと思いますが、修行の場合は山頂に祠があり、大日如来が祀られていますので、お勤めをします。
帰りは同じ道を下るのですが、本当に危険ですので、階段は後ろ向きに、両手でしっかりどこかを持ちながら下りましょう。

ピンク色の可愛い花がたくさん咲いていました。サラサドウダンです。漢字では『更紗満天星』と書くそうです。美しい名前ですね。

このくらいの高さになるとイワカガミも咲いています。

稲村ヶ岳は修行の山ですから山頂に何があるというわけではありません。ただ、360度のパノラマで、葛城山や金剛山、八経ヶ岳、弥山、山上ヶ岳、大普賢岳、行者還岳、観音峯など大峰奥駆道を一望できます。これらの山々で1300年間続けられている修験道というものを考えるのには、ここに来る価値があるのかなと思います。

山は登りよりの帰りの方が危険です。しっかりを両手も使いながら慎重に下ります。途中の分岐点では必ず来た方を確認します。万が一道に迷った場合は、下に下って沢沿いを行くのではなく、上に上がって尾根にいた方が救助してもらえる可能性が高まります。また、GPSがついているので、スマホは必ず持って登りましょう。電池残量にも注意が必要です。
稲村ヶ岳をはじめ、大峰奥駆道は観光登山ではなく修行の山です。危険な場所もたくさんあり、毎年滑落事故や遭難で亡くなる方がいます。①良く知る人と一緒に登りましょう。②修行させていただくという感謝の気持ちをもって登りましょう。③周りの人の幸せを願いながら登りましょう。これらが山に入らせていただくための心構えです。

8時半から登り始め、12時半に大日山、13時に稲村ヶ岳山頂、16時に下山できました。(あくまでも今回の記録ですので、時間は余裕をもって計画を立てましょう。また、季節によっては日没が早まりますので、余裕を持った出発時間を決めましょう。)
下山後は龍泉寺で護摩を焚いていただきました。家内安全、世界平和…。修行は自分のためにするのではなく、周りの人の幸せを願います。
水行でのお清めから始まり、大日山と稲村ヶ岳を登拝し、護摩行で締めくくり、天川村ネイチャーガイド養成講座の修験道体験は終了です。毎日の生活でたまってしまうモヤモヤがすっきり洗い流され、すがすがしい気持ちになり、また明日からがんばれそうです。

昔から修験道の村として存在した天川村は、講といって、地域(団体)毎に修験者を迎え入れるため、旅館の表に面した部分が縁側のようになっていて、汚れた足袋を縁台に座って脱ぎ着したり、大人数でも一度に入れるような作りになっています。今も開け放たれた縁側でくつろぐ様子が見られ、素敵な街だなと思います。開放感があるというか、旅館と町が一体化しているというか、この雰囲気は独特だなと思います。
龍泉寺は七夕飾りであふれていましたが、暮れかかった街並みに浮かぶ提灯の明かりがとてもきれいです。天川村は良い温泉が湧いているので、一泊されるのがおすすめです。

私は洞川温泉へ。疲れた体を温泉で癒していただきました。
吉野本葛は修験道とは切っても切れないご縁があります。修行の際の保存食や療養食として葛粉が重宝されたからです。吉野山はじめ奈良の土産物で葛粉が有名になったのはもちろん良質な葛の産地であったこともありますが、こうした需要があったことも大きな要因です。天川村にも葛屋さんがあり、土産物として葛粉が販売されていますし、西友というお店の葛クレープはもちもちしていて本当においしいです。疲れた体に天川村の夏いちごのひんやりさっぱりとした爽やかな酸味がうれしく、葛粉でもちもちのクレープ生地、天使のようにふわっふわのホイップクリームとの相性も抜群ですので、ぜひお試しください。
天川村は他の地域にはない独特の世界観(空気感?)があると思います。ネイチャーガイド養成講座ということで難しいことも書きましたが、安全に気を付けて楽しんでいただけると幸いです。天川村は標高が高いので真夏でも都会より10℃は涼しいのではないでしょうか。この夏皆様のお越しをお待ちしております。