日本や日本人を表すシンボルとして広く愛されている花、桜。
白やピンクの花びらが可愛らしく、散る様子が何とも儚げで美しい花だ。
日本の文化と桜は古くから密接な関係にある。花見をしたり衣類に模様をあしらうなどして、桜を目で見て愛でるのはもちろん、日本人は食事にも桜を取り入れ、五感すべてで春を感じてきた。
料理・菓子作りに使用される桜の多くは、木から摘み取ったナマの状態ではなく、塩漬けに加工されたものだ。
では、桜の花の塩漬けとはいったいどのようにして作られるものなのだろうか?
今回取材させていただいたのは、桜の花の塩漬けの製造が行なわれている神奈川県小田原市。
取材前日の雨で花が散っていないか心配だったが、無事満開の桜を拝むことが出来た。
桜の塩漬けについて
桜の塩漬けは、桜の花を塩と梅酢に漬け込んで作る、一種の漬物だ。
塩漬けに加工することで保存期間が延び、梅酢を使用しているためより鮮やかな色合いの桜を楽しむことが可能となる。
結納など祝いの席で出されることが多い「桜茶」や春らしい見た目が愛らしい「桜の羊羹」などに使われることが多い。その他の用途としては、ご飯に桜の塩漬けを混ぜ込んでつくる「桜おにぎり」や、寒天やゼラチンに桜の花をとじこめた美しい菓子「桜ゼリー」などが挙げられる。
桜の栽培

撮影は4月中頃。一般的な桜(ソメイヨシノ)よりも濃い発色が特徴

 

今回取材させていただいた桜畑がある神奈川県小田原は、桜の塩漬けの一大産地。小田原は曽我梅林をはじめとした数多くの梅の名所を擁し、市の花にも梅が制定されている、いわば梅のまち。桜の花を漬けるためには梅酢が必要で、梅酢を作るには梅が必要になる…という流れから、桜の塩漬けが作られるようになったんだとか。
桜を栽培している畑は、のどかな山の中に何か所か点在している。
林のように桜の木だけが乱立しているエリアが広がっているというわけではなく、野菜などを育てている畑の横に、同じような広さの桜の畑がある、といえば伝わるだろうか。
もちろん個体差はあるものの、畑の桜は枝が縦ではなく横に広がるようにして生えているため、小中学校の校庭や観光地で見るような桜より幾分か背が低い。
これは桜の種類や性質によるものではなく、採取しやすいように枝を曲げてカタを付けているためだそうだ。
この畑で一番古い木は樹齢25年。植えられて間もない小さな苗木もあったが、植樹から3年も経てば花を収穫できるようになるらしい。

 

幾重にも重なる花びらが華やかで美しい八重桜。八重桜は複数の品種を指す総称で、ひとくくりに八重桜といっても様々な種類がある

 

日本の街中においてよく見かける桜といえば、メジャーなのは「ソメイヨシノ」など花弁が五枚のものだが、塩漬けの材料に用いられるのは花弁が多い八重桜が主である。
八重、といってもその花弁は少ないものでも20枚以上、多い個体では50枚を超える事もあり、非常に華やかな雰囲気をもつ。
その中でも「関山」という品種はその花の色の濃さが特徴的で、桜というよりは梅に近い濃紅色が美しく、菓子や料理に使うのにうってつけだ。
桜の収穫

 

桜の収穫は一輪一輪手作業で行なう。
摘み取る際に散り花(花弁が抜け落ちて花の中がスカスカになっているもの)や蕾、色が抜けて白くなっているものを選別して廃棄し、花弁が多く色も濃いものだけを収穫して塩漬けに加工するのだ。花が開ききっているものは塩漬けする段階で散ってしまうため、摘み取るのは七分咲きのタイミングがベストだ。
もちろん桜も天産物なので、成長速度や収穫の可否、出来栄えなどはその時々の天候などに大きく左右される。
暖かければその分開花も早まるし、雨が降れば花が乾くまで収穫は見送られる。
農薬を使用せずに栽培しているため虫による被害も毎年気がかりで、おまけに収穫は限られた短期間のうちに済ませる必要がある。毎年春になるとそこかしこで当たり前のように咲いている桜も、食用として提供するためには手間暇をかけ数々のハードルを越えなければならないのだ。生産者の高齢化も著しく、次世代への継承などの問題も深刻だ。

 

 

桜の塩漬けは、米や小麦粉、他の野菜類のように高い需要がある食品ではない。米が食べられないとなると困る人は多いと思うが、桜の塩漬けが無くなったら困る、という人は少ないだろう。
しかし、生きるための栄養補給だけが食事のすべてではない。日本の食を「文化」という側面から考えるとき、四季折々の自然の美しさをどのように食事に落とし込むか、という点は非常に重要なポイントとなる。桜の花の塩漬けや紅葉・笹といったあしらいは、「文化」としての食にとってなくてはならない存在といえるだろう。外出自粛・ステイホームが叫ばれるようになって早一年。コロナ以前と比較すると、外気に触れ季節の移ろいや自然の変化を肌で感じる機会がぐっと減ったように思う。こんな時だからこそ、家での食事に自然の飾りを添えてみたり、四季にあわせた献立を考えたり、心を少しだけ豊かにできるような生活をこころがけたいものだ。
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