奈良県・和歌山県の名産品として知られる郷土料理、柿の葉寿司。
生鮮食品の保存技術が未発達だった時代に、海で獲れた魚を奈良県まで運ぶにあたって、魚を塩漬けにするとともに殺菌効果を持つ柿の葉で飯と一緒に包んだのが始まりとされている。
天極堂の本社にほど近い奈良県の五條・吉野地方から和歌山県の伊都地方付近までの一帯は柿の一大産地として有名で、天極堂で販売している柿の葉も一部は和歌山県で栽培されている。今回取材したのは長きにわたって広大な柿畑の運営に携わる向さんご夫妻。伝統ある食文化の存続の一端を担うお二人に、柿の栽培についてお話を伺った。
柿の葉・柿の葉寿司について
奈良県の西吉野周辺や和歌山県伊都地方は柿の名産地として有名である。柿ときくとほとんどの人は真っ先に果実の方の柿を思い浮かべると思うが、奈良・和歌山では”葉”を用いた伝統食「柿の葉寿司」も広く親しまれている。
柿の葉寿司は海産物の運搬技術がまだ未発達だった時代、海から離れた奈良県や和歌山の山間部まで生魚を食べられる状態で送り届けるために編み出された料理。防腐・殺菌作用をもつタンニンを含む柿の葉で塩漬けにした魚と酢飯を一緒に包むことによって保存性を高めた押し寿司の一種で、冷蔵・運搬技術が発達した今もなお郷土料理として親しまれている。
柿の葉の栽培

撮影は6月下旬。柿の木の他、和歌山名産の柑橘類も植えられている

 

向さんが運営されている柿畑には、柿の木の他、和歌山名産の柑橘類も植えられていた。
山中にも関わらず平らに開けた畑、という印象を受けたが、柿や柑橘など日光を好む植物を多く育てるための地形なのだろうか。
この日は朝早い時間に取材させていただいたためまだ涼しかったが、晴れた日の昼などはとても耐えられない暑さになりそうだ。
暑さに耐えられないのは人間だけではない。
柿の葉は朝の涼しい時間に収穫しないと葉が変色してしまい、商品として販売する事が出来なくなる。そのため、早い時は朝4時に起き、6時半まで作業にあたることもある。

 

 

限られた時間の中で可能な限り効率よく柿の葉を収穫するとなると、一枚一枚摘み取っていては間に合わない。柿の葉がついた枝を落とし、根本側で軽く握ってそのまま先端の方に向かって手をスライドさせると一気に葉を落とすことが出来る。分厚く軸もしっかりしている柿の葉だからこそ可能な収穫方法だ。
また、葉の収穫と並行して余分な枝の間引きも行う必要がある。この間引きは養分の奪い合いを防ぐ為、というよりは、葉や枝が密集して影ができ、日光が当たりにくくなってしまうのを防ぐのが目的だ。また、古い枝葉を間引く事で生える新芽は、次年度以降の収穫に繋がる。どれぐらい間引いてどれぐらい残せば次年度もちゃんと収穫できるのかを考えながら作業にあたらなければならない。

落とした葉は袋やコンテナに集めていって、向さん宅へ持ち帰って仕分けを行う。
一坪ほどのスペースに収穫した葉を広げ、一枚一枚破れや傷の有無を確かめながら、サイズごとに仕分けするのだ。

作業台には実際に葉をあてがってサイズを確認できる規格表がある。柿畑の歴史の長さを感じさせる、年季が入った規格表だ。私も実際にこの規格表をお借りして仕分け作業を手伝わせていただいたが、いちいち表を使って大きさを測りながら作業をするとかなり時間がかかった。向さんは表など一切使わずに、自分の目だけでパッパッと葉を選り分けていく。もちろん見るのは葉の大きさだけではない。商品として販売できるか否かの検品作業も、この段階で同時に行なわれる。傷、変色、破れや穴のあるものはここで弾かれるのだが、この基準を満たせない葉が存外多い。葉や花など、天然のものを綺麗な状態で出荷する事が如何に難しいかがよくわかる。

 

 

仕分け作業を終え残った柿の葉を規格ごとに紐で縛って、ようやく出荷できる状態の柿の葉が完成する。一つのコンテナをいっぱいにするのに大体2000枚ぐらいの柿の葉が必要なのだが、検品でかなりの数が弾かれる事を踏まえると実際にはもっと多くの葉が必要になる。
こうした柿の葉の収穫作業はお盆前まで続く。一番青々とした葉が採れるのは大体6月10日から25日ぐらいまでで、柿の葉特有の防腐効果が最も高まるのも6月中らしい。
ただし、これはあくまで青葉の場合のスケジュール。向さんの柿畑では紅葉後の柿の葉も取り扱っており、こちらは9月末まで収穫するとの事だった。

 

変化する時代と伝統文化のこれから


向さんご夫婦

 

『桃栗三年柿八年』と言うように、柿の木は植えてから実が成るまでおよそ7~8年ほどの期間を要する。比較的早く収穫が可能になる葉でも5年はかかる、準備期間の長い農作物だ。安定して収穫が出来る段階になってからも様々なフォローが必要で、非常に手間がかかる。
かかる労力とは裏腹に採算がとりにくいのが柿の葉だと向さんは語る。
こうした厳しい背景もあってか、近辺に昔は26軒ほどあった平種柿農家も今ではわずか4軒を残すのみとなっている。
減少傾向にあるのは生産者だけではない。
最盛期の1980年代頃は軽トラ5台と1t車2台が満杯になり、週三回の配達があり、約30万束・金額にしておよそ2800万円分の納品があったものの、現在は需要の減少とコロナウイルス感染拡大の影響で出荷量もかなりの落ち込みを見せている。早朝から忙しく働いていた40年前を「本当に大変だった」と笑いつつ、「今となっては忙しかった頃の方が良かった。時が経つにつれ、そう実感する事が増えた」としみじみ語る向さん。
古き良き伝統文化が人知れず、しかしながら確実に衰退の一途を辿っていく昨今。
文化を次の時代に引き継ぐためには、『モノ』としての文化だけでなく、向さんご夫婦のように文化の基盤を支えている『ヒト』も文化の一側面として知っていく必要があるのではないだろうか。
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